佐藤輝は本当に「ボール球を見極めた」のか 前編

 新聞のスポーツ欄を読むのは楽しい。試合結果を知るだけでなく、文章そのものが好きだ。

 例えば、2021415日の毎日新聞朝刊、阪神タイガースの佐藤輝選手の活躍を伝える記事である。

右中間に2ラン

 お待たせしました、甲子園の皆さんー。阪神の新人・佐藤輝に待望の甲子園本塁打が飛び出した。

 一点リードの四回無死一塁。2ストライクから広島先発の右腕・森下が投じた113キロの甘いカーブに、踏み出した右足を踏ん張って間を作り、タイミングを合わせて一気に振り抜いた。打球はぐんぐん伸びて右中間席へ。7322人の観衆のどよめきと歓声が入り混じる4号2ランとなった。

 簡潔、明確、そして具体的。7文の中に、数値が6度登場する。観客数に至っては7322人と最後の一桁まで示していて、臨場感がある。記事は続く。

 「森下とは330日に対戦。2打席連続三振と完璧に封じられたが、『前のイメージは消して、新しい感じで打った』。当時と今の佐藤輝は明らかに違う

 前回対戦時の成績を取り上げ、さりげなく選手のコメントが入る。記事のお手本のようだ。

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 新聞記事は文章のお手本とされるが、スポーツ記事は最も参考になると思う。限られた文字数で、必要かつ正確な情報を盛り込むことに加え、スポーツ欄には面白さも必要だ。広告の文章同様に、平易かつ面白く、が理想だ。実際、コピーライターをしていた頃、良いと思ったスポーツ記事は書き写して勉強していた。

 ただし、アナリストとなり、また大学院で研究をするようになってからは、文章の巧拙よりも、その中身が気になるようになってきた。

 先ほどの記事は、このように続く。

大きな変化は、ボール球を見極める力がついた点にある。開幕当初はボール気味の低めの変化球に手を出してカウントを悪くしていた。そのため、失投も打ち損じるケースが目立った。だが、前カードのDeNA戦からボール球を見極めた上で、ストライクを着実に捉え始めた

 文意が捉えにくくなった印象はないだろうか。

 まず、これが誰の言葉なのかが分からない。選手のコメントではないし、コーチの談話でもない。となると、記者の考えなのだろう。しかし、それを裏付ける数値が一切提示されていない。つまり「ボール気味の変化球に手を出した」回数、「失投を打ち損じた」回数、「ボール球を見極めた」回数、「ストライクを着実に捉えた」回数が全く出てこない。それなのに、「見極める力がついた」と断言している。

 根拠もなく断言するのは、報道としていかがなものか、と気になってしまうのだ。

後編に続く

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