『ラグビースキル、整いました』ができるまで(コラム55-3)
銭湯好きの高校生と、謎のコーチ。
「舞台はサウナ。そこに謎のおじさんが登場する。実はこれがコーチで、サウナの中で指導をするんだ」
「そのおじさんはどんな格好ですか?」漫画家の卵、テツトが聞いてくる。
「サウナハットを深々と被っていて顔はよく見えない。でも、あご髭は生えている。長身でがっちり」
「何歳くらい?」
「俺と同じくらい。だから40代後半。でもこれ、俺じゃないよ」
画面からテツトが消えた。下を向いて、メモを取っているようだ。
「サウナの中で、パスの練習をするんですか?」
「いや、主人公はパスが下手で悩んでいる。そこにおじさんが現れて、アドバイスをする。それが、その内容」
画面共有ボタンを押して、英語論文の図版をテツトに見せた。テツトは、無表情のままじっと見詰めている。彼自身にはラグビー経験はない。彼の兄であるA君は、中学から大学まで選手だったので、彼もある程度分かる。ちなみに、A君はいま、私のコーチ仲間だ。
サウナで漫画の構想を練っているうちに、漫画の舞台までサウナになった。銭湯好きの高校生ラガーマンが、謎のコーチに出会い、科学的知見に基づくアドバイスを受けるというもの。サウナ好きのA君に、これを話すと、「めっちゃいいですね!」と瞬時に良い反応が返ってきた。弟のテツトはどうかと言うと、徹夜明けなのか、ぼーっとしていて、あまり反応なし。そこで、意図やストーリーを細かく説明した。
舞台はサウナのみ。コーチが論文を解説するのだが、読者が飽きないように、サウナに絡めてコミカルなネタも入れる。1回10ページで一話完結。舞台はサウナのみだから、背景を細かく必要はない。人物も、毎回2人か3人程度で済む。毎月連載でも、これなら何とかなるはず。
「どう?イメージ湧くかな?」
「そうですね。まずは描いてみます」。こうして、制作は始まった。
構想1ヶ月、制作2ヶ月で完成。
同様の説明を、編集部にも送った。すると、まずはネーム(コマ割り)を見てから話し合いましょう、とのこと。そこでテツトから上がってきたネームを送ると、次のような質問が飛んできた。
・漫画だけでは、やはり細かな部分は伝えられないのではないか。4コマ漫画程度にして、あとは写真と文章でできないか。
「それでは、以前と同じ内容になってしまいます。読者のためを思えば、理解しやい漫画をメインとすべきです。でも、文章による解説も必要であれば、最後に1ページ入れましょう」
・読者には女性や子どももいる。毎号、男性の裸が出てくるというのは、いかがなものか。
「貴誌には、ジャージを脱いだ男性の裸の写真が毎号のように出ています。読者はそれほど気にならないのではないでしょうか」
新しいことを始める際には、思いも寄らない懸念が寄せられるものだ。その一つ一つを冷静に打ち返していった。
ネームから清書に移るに当たっては、Aコーチに協力してもらい、実際のパス動作を撮影。テツトは、それをもとにリアルなタッチで仕上げてくれた。
構想1ヶ月、制作2ヶ月。4月号には間に合わなかったので、4月と5月は私が別の原稿を描いて埋め合わせておいた。記念すべき第1話の発売は6月25日と決まった。
しかし、その前に、予想外の知らせが編集部より届いた。