サクラセブンズは、ラグビーのお手本。コラム58
週末に小学生の娘が、理科が分からないと聞きに来た。プリントを見ると、水の体積変化についてだった。私は自信たっぷりに解説を始めた。「水はね、氷になると体積は小さくなるんだよ。目には見えないけど、水はHとOという分子でできているのね。冷やされると、それがぎゅっと小さくなるんだ」
月曜の朝、娘が登校した後、妻よりこれについて疑問の声が上がる。調べてみると、どうやら水は異なるらしい。氷は隙間のある形で結合するので、体積が大きくなる。これに対して、他の液体は固体になると体積は小さくなる。私はそのイメージに引っ張られていた。疑うこともなく答えていた自分が恥ずかしい。
ラグビーにも一定のイメージがある。体が大きい方が強い。足が速い方が有利。ラグビー界の常識のようなものだ。身体能力に優れたアスリートを集めなくては勝てない。7人制では、そのような声もある。しかし、現在の7人制女子日本代表「サクラセブンズ」を見ると、それらの常識は間違いであることに気づく。
HSBC セブンズ 2025 パース大会1日目。前大会優勝のアイルランドと初戦で当たった「サクラセブンズ」は、14対7で勝利を飾った。その戦いぶりは、ラグビーのイメージを覆すと同時に、ラグビーのお手本でもあった。
アイルランドは、前回大会とはメンバーを大きく変えており、現地のアナウンサーによるとデビュー戦の選手も含まれていた。とはいえ、身長ではサクラセブンズを上回る。高身長の選手が有利となるラインアウトでは、前半は競うこともできない。しかし、アイルランドの連続攻撃に対して、サクラセブンズは出色のディフェンスを見せる。相手の長いパスの間に、ディフェンスラインは鋭く飛び出し、20mも上がっていく。外に繋がれ10mは戻されるが、その時点でディフェンス側が10m前に出ている。タックルをした選手はすぐに起き上がる。例外のような選手は稲井。1人で足りなければ、もう1人タックルに入る。さらに、相手が倒れた瞬間にボールを奪いにいく選手もいる。役割が明確に決まっており、それを繰り返し遂行している。どの選手も動き出しが早いので、ボールへの働きかけも早い。
開始4分に相手のラックを押し返し、ボールを奪うカウンターラックを早速成功させた。その後、不運なターンオーバーから、アイルランドにトライを奪われる。しかし、動揺する様子はない。前半6分にもターンオーバーを獲得し、2番三枝千晃がトライを奪う。このトライには7番大谷芽生の一度倒されてからすぐに起き上がるプレイや、13番吉野舞祐のクイックハンズなど細かなスキルも生きていた。
7対7の同点で折り返すと、後半開始早々には、18番大橋 聖香がお手本のようなスティールを決める。現地アナウンサーは「マイケル・フーパーのようだ」と元オーストラリア代表の名選手に例えて絶賛。その後、中央スクラムはから左に展開。続く攻撃で、14番岡元涼葉が深い位置でボールを受け、走り切って逆転。攻撃を緩めないサクラセブンズは、7番大谷芽生がボールを受ける前に外に動いて、タックラーをずらすカットアウトを見せてラインブレイク(その後ノックフォーワード)。残り1分には、ショートサイドで短いパスをつなぎ、こちらもラインブレイクを成功させる(トライ前にタッチに出される)。結果、14対7で終わったが、もっと点差がついてもおかしくない印象だった。
体の大きな選手もいない。抜群に足の速い選手もいない。しかし、やるべきことを忠実に実行するディフェンスと、アタックの細かな技術を武器に前回王者を堂々と破った。セブンズではこのようなアップセットは珍しくないが、その落ち着いた戦いぶりは、これが番狂せではなく実力だということを示している。
女子セブンズの常識は変わりつつあるのだ。