答えは目の前にある。
コラム62
聴覚障がい者のオリンピック、デフリンピックが今年11月に東京で開催される。これに関連するテレビ番組に出演した際、非常に興味深い話を聞いた。
デフバドミントン選手の驚異的な判断の速さについて、である。バドミントンのシャトルは、新幹線の速度を超える。トップ選手が放つスマッシュになると、時速400キロを超える。新幹線は320キロだ。ダブルスでは、味方同士が前後に並ぶので、前の選手は、後ろの味方が見えない。シャトルは速いので、振り返っている暇はない。この点は聞こえる人も、聞こえない人も同じ。しかし、聞こえる人は、音を判断材料にしている。スマッシュを打ったの、それともロブなのか。右に打ったのか、左に打ったのかを、ある程度音で判断できるらしい。しかし、デフバドミントン選手を見ても、同じように反応している。どうして分かるのかと聞いたところ、答えはネットの向こうにあった。
相手選手の動き方を見て、味方が何をしようとしているのかを予想しているのだ。これは、音で判断するよりも早いのではないだろうか。聞こえる人にとっても、有効な知恵だろう。
HSBCセブンズ2025パース大会3日目のUSA対日本。日本は、勝てば史上最高の5位となる。一方のUSAは前回大会で準優勝の強豪国。この試合は若手中心のようだが、前回の決勝戦に出場している選手もいる。そのうちの1人、アリアナ・ラムジーが、キックオフから2分で2トライをあげる。どちらも、ディフェンスに触れられずにトライゾーンに侵入した。全く歯が立たないのでは、と思わせる立ち上がりだ。
しかし、この後のキックオフからUSAが連続して反則を犯す。ジャパンはスクラムを選択し、連続攻撃。ラックサイドを大谷芽生が抜け出してトライ。これで5-10。前半6分、今度はUSAのスクラムから1分以上攻撃を継続され、トライを奪われる。5-15で折り返し。
後半は圧巻のトライが生まれる。2分、ハーフウェイ付近でUSAの選手がタッチを割る。すぐさま入れられたボールをキャッチした岡元涼葉が、右に左にステップを踏みながら50mを独走してトライ。相手の姿勢が左に向いていると見ると、右にステップを踏み、右に寄ったら逆に切る。独走しながらも冷静に相手を見ている。相手を見れば、自分が走るべき方向が分かるのだ。
その1分後には、外側で待っていた岡元涼葉が再びボールを受ける。一度内側に切るフリをして、外に抜き去った。これで15-15の同点。
この後、双方1トライずつを奪い22-22。残り2分。会場は大歓声に包まれる。USAが自陣左隅で反則を犯す。ジャパンはすぐにクイックリスタートで仕掛ける。USAディフェンスは慌てて外に広がる。その反対側は誰もいない。ジャパンはショートサイドを突破し、19歳の谷山三菜子がトライを奪って、逆転勝利となった。
大歓声の中でプレイする選手たちは、冒頭のバドミントン選手たちと同じ環境にいたはずだ。後ろからの声は聞こえない。振り返っている暇はない。だから前だけを見て判断する。どちらに攻めるべきか、ランか、パスか、は相手が教えてくれる。疲労が溜まる大会最終日の終盤に、即座に反応できるスタミナ、走り切る走力、精神力に敬服する。
初の5位フィニッシュ。ジャパン女子セブンス代表の目の前には、明るい未来が広がっている。