コミュニケーションの起点を変える 2
コラム63-2
合宿初日の練習でのこと。ラックからボールが出たら、すぐに次の攻撃の準備をする、という練習を徳永コーチが指導。ラグビーでは、ボールを持った人がタックルを受けて地面に倒れた際、相手チームにボールを奪われないよう後ろの選手(サポーター)が、倒れている味方を乗り越えてボールを守る。この状態をラックと言う。徳永コーチから次のようなアドバイスがあった。
「ボールがラックから出たら、サポーターの選手は、倒れている選手を引っ張り上げて、すぐに次の場所へ移動できるようにしよう」
手話通訳者が訳すのを見ながら、これは問題があるなと私は感じた。それは、指導の内容ではない。コミュニケーションの方向である。
サポーターの選手は、押し返されないように相手側を向いて構えている。これは一般のラグビーでもデフラグビーでも同じ。下や後ろを向いていたら、相手にひっくり返され、ボールを奪われる。ボールは、構えているサポーターの足元にある。これを味方の選手が拾い上げてパスをする。拾い上げたらラックは終了。次に向けて動き出すのだ。
では、正面を向いているのに、どうしてボールがパスされたと分かるのか。聞こえる選手の場合、「ボールの音」を聞いているのだ。ボールが投げられる音、近くの人が「出た!」と叫ぶ声などで判断している。
私はその場で徳永コーチに異を唱えた。
「サポートの選手はボールを見えないから、分からない。むしろ後ろ向きに倒れている選手が、サポーターの足を叩くなどして、知らせた方が良いのではないか」
自分で言うのも何だが、成長を感じた。ラグビーの技術指導をやると、こうした視点は持ちにくい。これまで学んできた、聞こえる人のラグビーの技術や知識を伝えることに集中してしまうからだ。
指導を専門のコーチにお任せしているおかげで、余裕が生まれ、デフの視点を持てるようになったのだろう。
徳永さんが柔軟性のあるコーチだと分かっていることも大きい。専門性に乏しいコーチの場合、自分のやり方に固執してしまうことがある。自分自身がそうだったので、よく分かる。徳永さんのようなコーチは、そのチームや選手の特性に合わせてアレンジをしてくれる。
この例のように、聞こえる人とデフではコニュニケーションの方向が反対というケースは、デフサッカーからも学んだ。
サッカーでは、コンパクトなディフェンスが重要視されている。つまり、ディフェンスラインを前に押し上げて、フォワードとの距離を短くするために、ディフェンダーとフォワードがタイミングを合わせて距離を詰めるのだ。両方が上がり続けていたり、下がり続けていては、距離は縮まらない。一般のサッカーであれば、ディフェンスラインを押し上げるタイミングは、センターバックのコールで決まるらしい。それを聞いたフォワードも戻ってくる。デフサッカーの場合、コールは意味を持たない。フォワードは前を向いているので、手話やジェスチャーも無意味だ。そこで、コミュニケーションの起点を変える。つまり、詰めるタイミングをフォワードが決めることで、コミュニケーションを成立させるのだ。
デフサッカー日本代表の前監督で、私の友人である植松隼人さんから、キャプテンは常にフォワードから選んでいたと聞いた。コミュニケーションの出し手がフォワードであるので、その中からリーダーを選ぶのは自然だ。聞こえる人のサッカーでは、キャプテンはセンターバックが多い印象があるが、これも同じ理由なのだろう。
横浜合宿は無事終了した。豪州遠征に向けての合宿はあと2回。その後、26年のデフセブンズ日本大会に向けては、7回の合宿を実施することになっている。
選手がどのように変わっていくのか、そして私の視点がどれだけ広がっていくのか、自分自身が楽しみである。