人は感情の生き物だ。一方的に命令されれば、反発する。しかし、壁の「しみ」を見せられたことで、私は自分から長年の習慣を変えた。「何かを見せる」というのはそれだけの力がある。
再びラグビー現場の話。
2年前から、某大学ラグビー部のアナリストチームをサポートしている。月に1度、学生アナリストたちと面談をして、分析作業に関するアドバイスを行う。
シーズンが終わり、今は振り返りの時期だ。同部には、学生レフリーが1人、学生アナリストが3人所属している。学生レフリーは、主に反則の分析を行う。学生アナリストたちは撮影をしたり、対戦相手や自分たちの試合のデータを取って、チームの強化に役立てる。
学生アナリストのうち1人は1年生で、まだ経験が浅い。先日、このA君とオンラインで面談を行った。
1シーズンを経験して、ようやく撮影の方法や、データの取り方の初歩を身につけたところだ。まずはこれらを振り返り、次のシーズンで何に取り組むか、話し合おうと考えていた。
A君には気になる点があった。1年目にありがちな問題だ。彼も以前は選手だったので、その頃の経験をベースに、映像や簡単な数字をもとに、自分の考えを選手に伝えてしまう。チームによって考え方はそれぞれだが、これは一般的にコーチの仕事であって、アナリストの仕事ではない。
A君の主張を聞いた選手はどう思うか。データを取ってもらっている手前、礼を言うかもしれない。ただし、アドバイスを受け入れるとは思えない。むしろ、反発される可能性がある。あるいは、完全に無視されるかもしれない。
データを見せられて、すぐに行動を変えられるスポーツ選手は、余程高いレベルの競技者だけだ。スポーツ選手も感情の生き物であり、関係性のできていない相手からの指摘には反発する。それは一概に悪いことではない。アドバイスを無条件に受け入れて、失敗する場合もある。スポーツは競争である。感情を抑え込んでしまっては、競技力が落ちる場合もある。
では、アナリストはどうすれば良いのか。できるだけ客観的なデータを集めることだ。ただし、私はA君をしばらく見守っておくことにした。
選手は続けられないが、ラグビーが好きで、アナリストを選んだ若者に、主観を入れるな、と言うべきではない。辞めてしまうかもしれない。1年間様子を見ながら、少しずつやるべきことを伝えてきた。
さて、面談当日。
彼は事前に、自分の仕事を振り返る資料を送ってくれた。初歩的な数字が並ぶ中、目をひくシートが最後にあった。それは、完敗に終わった最終戦での、自チームと対戦相手の体重差を示すものだった。自チームの弱点を、客観的な形でまとめられていた。
これは素晴らしい。この1年間で、最も良い仕事だ、と私は褒めた。
PC画面上の奥で、彼は驚いた表情を見せた。
私はさらに続けた。
このシートには余計な情報は何一つない。簡潔であり、必要十分な情報が詰まっている。
メガネの奥で、彼の目が光った(ように見えた)。