なぜ左サイドへのトライが、右サイドより多いのか。2018年度大学選手権準々決勝 早稲田大学 20-19慶応大学

「15人制ラグビーにおいては、右サイドへのトライは、左サイドのトライの74%しかない」

 昨年12月23日の入れ替え戦に勝利し、日野レッドドルフィンズはトップリーグ残留が決定。年末の休みに入り、久しぶりに仕事に関係のない試合を見ています。
 昨年はワールドカップ前年であり、ラグビーの試合がメディアに取り上げられることが増えました。それに応えるように、名勝負も多かったように思います。しかし、私自身は、延長戦決着のサントリー対ヤマハも、トップリーグ決勝戦もまだ見ていません。シーズン終盤は、自分のチームのことで精一杯。ラグビーが好きで、試合を見るのが大好きでこの仕事をしているのに、話題の試合を見られないのは皮肉ですが、好きなことを仕事にするというのはこういうことなのでしょう。

 さて、休みに入ってから学生ラグビーを2試合見ました。大学選手権準々決勝、早稲田大学対慶応大学。結果は試合終了間際のトライで早稲田が勝利(20対19)。もう一つは、全国高校大会2回戦、新潟工対茗渓学園(0対27で茗渓が勝利)。
 この両試合を「トライの位置」に注目しながら観戦。ラグビーではボールを相手陣後方のインゴールに持ち込めば、トライとして5点が獲得できます。その後、トライを地点後方からキックを行い、ボールがゴールポストの間を通過すれば2点が追加されます。このコンバージョンキックは、ポスト正面から蹴る方が成功率は高まるため、どのチームもトライを中央に近いところにしようとしますが、その過程において、どちら側から持ち込んでも得点には影響しません。
 ところが「15人制ラグビーにおいては、右サイドへのトライは、左サイドのトライの74%しかない。」という調査*1があります。

パススキルの差が、トライ位置の差を生み出している
 
早稲田対慶応の試合では、合計6本のトライがあり、そのうち5本は左サイドでした。新潟工対茗渓では、茗渓が5トライをあげましたが、そのうち4トライはやはり左サイドから持ち込まれています。(ただし、最初の1本は左サイドから持ち込んで中央にトライ)。
 先の調査は、2007年のスーパー14の全トライが対象。ポストより外側のトライは合計298あり、そのうち左サイドが171、右サイドは127。したがって、右サイドへのトライは、右サイドのトライの74%なのです。学生ラグビーの2試合はもっと極端で、合計11トライのうち10がポールより外側。そのうち8本が左サイド。右サイドは左サイドの25%しかなかったとなります。

  この調査は、パスの左右差を取り扱った論文で紹介されています。右サイドへの攻撃では、左手を主導とする左パス、左サイドへの攻撃では右パスが主に使われます。多くの選手は、右手が利き手であり、右パスの技術の方が高い。その結果、左サイドへのトライが増えているのではないか。早稲田の最初のトライは、岸岡選手の約30mのロングパスから生まれていますが、これも右パスでした。
 論文では、20人の有望な若手オーストラリア選手(そのうち6人はU19代表)実験を行っています。利き手のパス95回のうち、14回は前に投げてしまっていました(成功率85%)。ラグビーでは、前に投げることは許されておらず、後方か真横に投げる必要があります。一方、利き手でない側のパスは、95回のうち成功したのは41回のみ。成功率はわずか43%。このレベルの選手でも、精度に大きな差があることが分かります。早稲田の試合では、このスローフォワード(前に投げる)の反則が1回ありましたが、これもやはり左パスでした。

数字をチーム力向上に生かすには
 
では、こうした数字はどう使えば良いのでしょうか。
 まずは正攻法として、左パスのスキルを高めるために使いたい。先の論文では、パスの動作をリアクションタイム(RT)とムーブメントタイム(MT)に分けています。RTは、合図があってからパスの動作に入るまでの時間。MTは、パスの動作の開始からボールリリースまで。スローフォワードになってしまうパスは、RTが長く、MTが短いという傾向があり、利き手でない側のパスも同様の傾向が報告されています。つまりリアクションを早めることが、正確なパスの第一歩となります。

 ゲームプランにも活かすことができそうです。ラグビーにおいて、右に攻めるか、左に攻めるかの判断は、双方の選手の人数、ボールの位置によって決まりますが。稀にどちらに攻めても大した違いはないという場面があります。
 慶応が前半28分頃に繰り返した相手陣5mでのピックアンドゴーは、そういう場面に見えましたが、実際はどうだったか。ピックアンドゴーとは、地面のボールを拾って突進するプレイです。もう少しでトライという場面だと、相手もボール周辺に集まっているので、左右どちらに攻めても大きな差はなさそうです。慶応は、中央から左サイドにピックアンドゴーを繰り返しました。この攻撃で前進すると相手がボールに集まるので、外側にスペースが生まれるという効果もあります。しかし、左サイドにボールを動かしてしまうと、外に素早くボールを運ぶには、苦手な左手で右外へロングパスをすることになるので、精度が落ちてしまう。それならば、右サイドへピックアンドゴーを繰り返す方が得策と言えそうです。
 
 あるいは、ロングパス以外の手段を使うことも考えられる。例えば、早稲田の逆転トライ。これは2試合で唯一の右サイドへのトライでした。この時は、ロングパスではなく、ループを使っていました。ループとは、パスをした選手が、パスの方向へ走り、再びボールをもらうプレイ。これならば短いパスだけで、外側の選手にボールをつなぐことができます。

他にも考えられることはまだまだありそう。本日元旦の高校ラグビー、明日の大学ラグビー準決勝が楽しみです。
やっぱりラグビーは面白い!

* 1 Stuart Pavely et el (2009), Execution and outcome differences between passes to the left and right made by first-grade rugby union players, Physical Therapy in Sports 10 (2009) 136-141

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