キック戦略と生み出したい状況 (シックスネーションズ2019開幕節)

シックスネーションズ2019開幕節を、1週間遅れで2試合見ました。
Game1:フランス19-24ウェールズ
Game2:アイルランド20-32イングランド
この2試合から、試合状況と有効なキックの関係について考えてみます。

キックが増える試合の特徴
総キック数*1は以下の通り。
Game1:合計57本 フランス(31)-ウェールズ(26)
Game2:合計63本 アイルランド(31)-イングランド(32)

 World Rugbyのスタッツ*2によると、2014年、15年、16年、17年のシックスネーションズにおける全試合平均キック数は、それぞれ46、44、39、44本。これと比較する限りでは、両試合ともキックの多い試合だったと言えます。

 Game1でキックが多い理由は明快です。雨の試合だったからです。ボールが濡れていると、パスが難しくなります。ラグビーではボールを前進させる方法は3つ。パス、ラン(キャリー)、キックです。グランドコンディションが悪くなると、パスは減り、キックが増えます。
 Game2はコンディションは良いように見えましたが、キック数はさらに増えています。これはお互いのDFシステムに関係すると思われます。

(図1)
スクリーンショット 2019-02-09 11.13.54

 図1は、各DFシステムとそれに対する有効なアタック例です。縦軸はDFの上がり方、横軸はDFの広がり方。多くのチームが右上のGoodラッシュを目指します。この両チームも同様ですが、イングランドはラックサイドのDFが勢いよく飛び出していたので「バラバララッシュ」気味。一方のアイルランドは横一列のラッシュに見えました。(アイルランドは、スクラムハーフをDFラインに入れ、ウィングも上がるシステムなので、これが可能になっていると私は思います)どちらもDFも簡単には崩れないので、キックが増えるという構図でした。

 ただし、よりDFが機能していたのはイングランドです。この図によると、イングランドに対して有効なアタックは、FWショートパス、ピック&ゴー、順目、または逆目となります。しかし、アイルランドのアタックにはFWのショートパスがない。(この試合では、見たのは一回だけ)。したがって、FWはキャリーするか、BKへのバックドアパスの2択しかないので予測が容易で、イングランドDFは多くの場面で押し返していました。ゲインができないので、順目に攻めても、逆目に攻めても、DFが整っている。後半になると、どんどん勢いを失い、仕方なくキックを使うという展開でした。

グラバーキックで攻略
 一方のイングランドは、キックを有効に使ってアイルランドDFを攻略しました。ラッシュはDFラインが勢いよく上がるので、当然後ろのスペースが狙い目となります。特にアイルランドは、後ろはフルバックしかいません。イングランドは、前半30分過ぎから、このスペースへのグラバーキック(転がすキック)を使い始めます。フルバックが捕球しても、周りに味方がいないのでカウンターアタックはできず、蹴り返すしかありません。イングランドが徐々に有利な状況を作っていきます。
 それにはもう一つ別の要素もありました。前半からアイルランドのラインアウトが不安定でした。グラバーキックがたとえ直接タッチに出ても、ラインアウトでプレッシャーがかけられるので、有利な状況を生み出せます。

キック戦略と生み出したい状況
 試合状況とそれに応じたキックをまとめたものがこちらです。

(図2)
スクリーンショット 2019-02-09 11.14.09

 横軸がラインアウトの状況、縦軸はスクラムやブレイクダウン(BD)の状況です。どちらも有利であれば、右上の「ロング&チェイス」。テリトリーキックで相手に捕球させ、蹴り返してくればラインアウトが増える。カウンターアタックを止めれば、ブレイクダウンでプレッシャーをかけることができる。
 ラインアウトはGoodだが、スクラムとBDは劣勢なら「ロング&ラインアウト」。出せる場面ではタッチに出し、テリトリーキックをしても相手に蹴り出させる状況を作りたい。
 ラインアウトが不利にあれば、図の左側になります。ロングキックは少なくし、コンテストキックを増やしたい。ハイパントは競り合った結果、ノックオンでスクラムとなるケースが多いので、スクラムが有利なら「ハイボール&コンテスト」。スクラム、BDが不利なら「ショート&コンテスト」。ショートパントでもノックオンはありますが、一気にラインブレイクが狙えます。
(この図では、相手のDF状況や試合展開は無視しています。相手DFが後ろに残ってキックを待ち構えていれば、いくらラインアウトが有利でも蹴らないほうが良いですし、負けていて残り時間が少なければキックは使いにくくなります)

正しい選択はチームに勢いを生み出す
 さて、アイルランドのキックはどうだったか。ラインアウトが不安定だが、スクラム・ブレイクダウンは互角。となると、コンテストキックが必要です。やはり後半最初のプレイからショートパントを試みてきました。これはチャージされましたが、その後再獲得に成功したハイパントもあり、その直後は勢いを生み出します。しかし連続攻撃となるにつれ、イングランドDFを攻略できず、勢いを奪われていきました。
 
 試合状況から正しい攻撃、キックを選択し、狙った形で得点すれば、チームは勢いに乗ります。それには優れた司令塔が必要です。イングランドの10番ファレルは、優れた判断力、そしてそれを実現させるスキルも併せ持った素晴らしい選手ですね。
 ラグビーはやはり面白い。第2節も見逃せません。

*1
http://www.espn.com/rugby/matchstats?gameId=294246&league=180659
スタッツはESPNのウェブサイトを参照。Kicks from Hands=手に持った状態からのキック(プレイスキック以外のキック)。

*2
http://playerwelfare.worldrugby.org/?documentid=156
(World Rugbyの統計資料はこちらから無料ダウンロード可能です。ワールドカップのスタッツもあります。しかし、2018年のシックスネーションズはない。2019年大会が始まってるんですけど…。)

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