ワールドカップが楽しみだ。開幕まで1週間を切った。チケットも何とか取れた。日本戦も確保した。普段は一緒に観戦できない家族を連れて行けるのも嬉しい。
ただし、一つだけ不安に思うことがある。日本代表の実力である。
8年前、たまたまエディー・ジョーンズ氏(前日本代表ヘッドコーチ、現イングランド代表ヘッドコーチ以下HC)のセミナーに参加して、直感的に思った。「この人なら日本代表を勝たせるだろう」。それから4年間インタビューを続けた。ベスト8進出はできなかったが、直感は当たった。
今回は別の直感が働いている。ただし、現HCであるジェイミー・ジョセフ氏に取材したことはない。全てメディア経由の情報であり、確信はない。そこで、スタッツを調べてみた。さらに不安になってきた。
◆「史上最強」の根拠
AERA dot(*1)によると、今の代表チームは「史上最強」らしい。他のメディアでも、そう謳っている記事を読んだ。その根拠は2つだ。
①試合経験の豊富さ 過去4年間で日本代表は、ティア1と呼ばれるラグビー強豪国10カ国すべてとのテストマッチ(国同士の正式な試合)を経験した。過去にこのようなことはなかった。
②世界ランキング過去最高タイの9位に上がった。(本文中のランキングは全て2019年8月12日時点)
◆「チーム」は経験豊富だが、選手は経験不足
まず①について考える。テストマッチは、他の試合とは別物と呼ばれる。それほどプレッシャーが大きい。ワールドカップではそのプレッシャーがさらに大きくなる。そこで経験が大きな意味を持つ。テストマッチ出場数をラグビーではキャップ数という。エディーが日本代表を率いていた時、このキャップ数を重視し、たびたび口にしていた。その言葉通り、2015年ワールドカップの初戦南アフリカ戦の先発メンバーのキャップ数は、その当時で代表史上最多の603キャップ(*2)だった。ここからも、スポーツ史上最大の番狂わせと言われた試合が、綿密に計画されていたことが分かる。
では、先日(9月6日)の南アフリカ戦はどうか。この試合の日本代表のキャップ数は394(*3)。35%の減少である。壮行試合ではあるが、開幕戦と大きくメンバーが変わることはないだろう。過去4年間に代表チームがかつてない経験値を積んだのは確かだが、最終的に選ばれた選手の経験値は、前回大会と比較して3分の2に目減りしている。
(南ア戦先発メンバー。キャップ数1桁台が4人)
◆計画性なくしてキャップ数は増えない
理由は2つ考えられる。一つはジェイミー・ジョセフHCの就任が1年間遅れたこと。4年の準備期間のうち、3年間しか率いていない。その分、選手を見極めるのに時間がかかった。もう一つの理由は、同HCがキャップ数を重視していないように思われること。記者会見などで同HCがキャップ数に言及するのを読んだことがない。これは同HCがワールドカップを率いるのが初めてだということに関係するかもしれない。
イングランド代表は、31名全員で1008キャップ*4。2連覇中のニュージーランド(以下NZ)代表は1195キャップ*5である。インドランドを率いるエディー、NZ代表を率いるハンセンHCともに、今回が3回目のワールドカップであり、どちらも優秀な結果を残してきた。この二人が、選手の経験を重視したメンバー選考をしている一方で、日本代表31名の総キャップは683。この違いに不安を感じざるを得ない。
◆試合の「質」が考慮されないランキング
次に②のランキング問題。今回のランキングは、直前に参加した大会の結果を踏まえて発表された。日本代表が参加したのは、パシフィック・ネーションズ・カップ(以下PNC)。この大会で優勝し、ランキングを上げたが、いずれも面白くない試合ばかりだった。これは日本だけに理由があるのではなく、相手の準備不足にも一因がある。お互いにミスが多く、プレイが継続しない。調べてみたら、この大会の平均ボールインプレイ(ボールが実際に動いている時間)は29分27秒だった。
ラグビーは80分間のスポーツだが、ずっとプレイが継続しているわけではない。ミスの後や得点後はプレイが止まる。その回数が多いと、インプレイは短くなる。一般的にインプレイが長い試合が面白い。ミスが少なく攻防が続くからだ。ただし、インプレイが長くなると、選手にとっては体力的にきつくなる。そして、疲労の中でも実力を発揮できるチームほど勝つ可能性が高くなる。
NZや南アフリカが参加した直近のラグビーチャンピオンシップのインプレイは34分17秒。日本がグループステージで対戦するアイルランド(ランキング3位)、スコットランド(同7位)が参加した2019年のシックス・ネーションズ(以下6N)は38分12秒だった。PNCと6Nでは、9分弱の違いがある。いずれの大会もテストマッチとして扱われ、ランキングに反映されるが、実は戦っているステージが異なるのだ。イメージとしては、日本がPNCで80分を戦い終えた後に、6Nではもう20分間タフな攻防が続くのだ。
(2019年シックスネーションズ優勝のウェールズ対イングランドの記事。この試合のボールインプレイは40分12秒とある。テレグラフ紙より)
現在のランキングに、こうした試合の「質」は考慮されていない。したがって、現時点の順位が強さを反映したものとはいえない。各大会は開催時期や気候が異なるので、単純な比較はできないが、この9分の差から、日本とアイルランド、スコットランドとのランキング以上の差を感じてしまう。
◆ホームアドバンテージとは何か
しかし、日本代表には、かつてない有利な点がある。開催国だということだ。昔からスポーツ界には、ホームアドバンテージと呼ばれる現象があり、『オタクの行動経済学者 スポーツの裏側を読み解く』という本が、これについて統計学的な解説をしてくれている。
日本のプロ野球であれば53.3%、サッカーのプレミアでは63.0%、インターナショナルラグビーでは56.9%の試合においてホームチームが勝っている(いずれも2000年から2009年までの10年間)。ただし、その理由は一般に考えられているような、本拠地に慣れているとか、相手チームが遠征で疲れているからでもない。アウェイの選手が、応援団のブーイングに怯むからでもない。バスケットボールのファンは、相手チームのフリースローを邪魔しようとゴール裏で叫び続けているが、アウェイチームのシュート成功率が低いという事実はない。その一方で、ヨーロッパサッカーでは、より多くのビジター選手がレッドカードで退場させられ、メジャーリーグでは、試合を決定づける大事な場面で、地元のバッターはアウェイのバッターよりも見逃し三振を免れている。
その理由は、「審判の同調」である。ほとんどの審判は公正に判定をしているだろう。しかし、審判も人間である。大観衆が望む結果と正反対の決断を下すのは、大きなストレスだ。際どいプレイを前にした時、レフリーは無意識にこのストレスを和らげようとしてしまう。つまり、レフリーが観衆に同調してしまう。そして、この傾向は、観衆が多いほど影響が大きいとしている。
◆ファンができること
日本代表戦のチケットは完売し、スタジアムが満員となることは確実だ。その場にいるファンは、力の限り応援し、レフリーへ影響を与えてくれるだろう。赤い色の服を着て、視覚的にもプレッシャーを与えたい。レフリーは大会期間中、日本に滞在する。こういった大会が行われると、試合の日は職場でもジャージーを着て盛り上げよう、という呼びかけがされるが、自国開催では有効な手段だ。この様子がテレビ報道され、レフリーがこれを目にしたら何かを感じるはずだ。運が良ければ、レフリーと街で出会うかもしれない。笑顔で話しかけ、いかに自分が日本代表を応援しているかを熱く語るべきだろう。
数字の上では、現時点での代表チームは、史上最強ではないかもしれない。しかし、数字は結果で覆る。ファンの後押しによって、本当の史上最強チームとなれるはずだ。
9月20日の開幕戦は、数字のことは頭の片隅に残しつつ、ビールを片手に思いっきり日本代表を応援したい。
*1 https://dot.asahi.com/dot/2019082900069.html?page=2
*2 https://www.rugbyworldcup.com/news/92468
*3 https://news.jsports.co.jp/rugby/article/20190310217372/?p=2
*4 https://rugby-rp.com/2019/08/13/worldcup/38867
*5 https://news.jsports.co.jp/rugby/article/20190310217326/