年長者の言葉(コラム56)
「無報酬の仕事こそ引き受けろ」。新聞だったか、本だったか忘れてしまったが、かなり前にそんな人生訓を読んだ。年配の男性の書いた文章だったと思う。読んだ時は驚いた。それでどうやって生活をするのか、と。しかし、その意味が少し分かった。
この日『居酒屋秀ちゃん』というテレビ番組の収録があった。本物の居酒屋さんで、ゲストが地元について語り合うという番組で、今回はデフリンピック東京大会の特集。私は、デフラグビーのヘッドコーチとして呼んでいただき、2026年の世界大会日本開催についてお話しした。他にも、東京都障害者スポーツ協会会長の延與桂さん、東京2025デフリンピック』応援アンバサダーの川俣郁美さん、デフサッカー日本代表前監督の植松隼人さんが、デフリンピックや聴覚障がい者がスポーツに取り組む意義について、熱く語ってくれた。(収録中に本物のビールが出てくるので、顔が赤らんでいた方もいた)
ホストの中山秀征さん、小池美由さんが巧みに話を膨らませてくれて、非常に盛り上がった。収録が終わっても、しばらく心の奥に興奮が残っていたほど、素晴らしい経験をさせてもらった。デフラグビーの活動は、ただのコーチング活動ではなく、生き方が問われると私は考えている。コミュニケーションには時間がかかるし、運営資金を得ることも大変だ。それなのに、自分自身には金銭的な報酬はない。それでもやった方が良い。金銭を超える経験が待っている。冒頭の言葉の意味は、そういうことなのだろう。
「30歳にも結婚したことない奴を、俺は信用しない」。そんな言葉を直接言われたこともあった。私は34歳だった。偏見が強いな、と思ったし、失礼だなとも感じたが、それ以上に、そういう風に考える人もいるのか、と驚き、強烈に背中を押されたようにも感じた。その1ヶ月後、私はプロポーズをしていた。正解だった。
「3年は辞めちゃダメよ」と言われたのは20代の頃だ。広告代理店に念願のコピーライターとして入社。採用してくれた女性の上司に、入社初日に言われた。ずっと仕事をするつもりで入ったのに、初日からなんてことを言うのだろう、と思った。しかし、実際には、その言葉通り、1日も違わず丸3年で辞めた。これも正しいことだったと今思う。言われた時は驚いたが、ずっと心に残っていて、途中でラグビーの道へ切り替えることを決めた際にも、この言葉が私を冷静にしてくれた。約束通り3年は続け、自分の中で区切りをつけて、次の道に勧めたのは良いことだった。
こういうことは、他にもあっただろうし、これからもあるだろう。
教訓。年長者の意見は、どんなものでも受け止めておく。気になるものは覚えておき、その気になったら取り入れる。