クイックリスタートで英国を撃破
コラム65
先週末のデフラグビー合宿でこんな会話があった。食事の席にて、手話通訳のKさんが徳永コーチに、ラグビー用語について質問していた。「練習で言っていたブリッジングって何ですか?」。通訳者は言葉だけを訳しても伝わらない。特に手話通訳の場合、用語を動きに置き換える必要がある。その意図や動きを理解しておく必要がある。
「ブリッジングは、タックルの後、ボールを守る動きです」と、徳永コーチは答えながら、テーブルの上の小物を集める。
「これ(醤油差し)がボールキャリア。こちらがタックラー(小皿1)。タックルされた後に、ボールをこの人(小皿2)が守る必要がある。その時、ボールの上に覆い被さるような動きをブリッジングと呼んでます」
「あー、なるほど」と言いながら、Kさんは顎に右手の親指をあて、人差し指を上に向けて左右に振る。「納得」を表す手話だ。会話をしている2人は聞こえる人同士だが、聞こえないスタッフもいる。手話ができる人は、チーム内では常に手を動かす。
「そうなんですね。でも、これって他にも呼び方がありませんか。オーバーとか」とKさん。「そうですね。相手(小皿1)がボールに働きかけているときは、サポートの選手(小皿2)は押し返す必要があります。この時はオーバーと言ってます」と徳永コーチ。
そこに私も割って入る。「他にもありますね。スイープとかクリーンアウト。ブリッジングはキープとも言ってます」「そうですね、チームによって色々ですね」と徳永コーチ。
「でも、手話の場合は、その動作を元に自分たちで手話表現を作るから、用語を違っても表現は同じです。例えば、スイープも、オーバーもこういう感じ」と言って、私はパーにした左手で、グーにした右手を払いのけた。
しかし考えてみると、ラグビーでは、一つのことが複数の用語で呼んでいることが多い気がする。「クイックリスタート」もその一つだ。ペナルティが起きた際に、攻撃側が、すばやくプレイを再開することを意味する。相手が守りの準備を整える前に、攻撃できるのでチャンスが生まれやすい。プレイを再開する際には、ボールを軽く足で蹴り上げる(タップする)。そのため、「クイックタップ」という呼び方もある。「チョン蹴り」という可愛らしい呼び名もある。この場合、素早く(クイック)始めるという意味合いは無くなる。スクラムを選択したり、蹴り出してラインアウトを選ぶのではなく、その場でタップをするという意味となる。
分析用語では、Tap pen(タップ・ペン)という表記になる。最近は、このTap penからのトライが増加傾向にある。スクラムやラインアウトを選ぶと、相手に奪われる可能性があるが、Tap penにはその心配はない。特に相手のゴール前であれば、Tap pen用に準備したサインプレイを使ってトライを狙うチームが多い。
15人制ではTap penからのトライは10%前後だ。7人制では、これが50%と跳ね上がる。Tap penはセブンズでは最大のトライ供給源なのだ。
HSBC SVNS 2025バンクーバー大会、サクラセブンズの2試合目は、3トライすべてがクイックリスタートによるものだった。2つはクイックタップ。もう1つはクイックスロー(ラインアウトにて、相手が揃う前にボールを入れるプレイ)。相手は英国。15人制ラグビー発祥の地はイングランドだが、7人制はスコットランドである。その両国に、ウェールズ、アイルランドの選手を加えた混成チームが英国だ。そう聞くと、すごい選手が揃っていそうだが、意外と大柄な選手は少ない。ジャパンが19-14と接戦を制して2連勝。素早いゲーム運び、相手の隙を突く攻撃は、サクラセブンズの強みとなっている。次回の相手は、これに対策を立ててくるだろう。ディフェンスに備えてすぐに戻る、あるいは、ジャパンがすぐに始められないように邪魔をしてくるはずだ。
これで1日目は終了。2日目の初戦は強豪フランス。英国と異なり、大きくて速い選手が揃っている。サクラは、この強敵も素早い攻撃でスイープできるだろうか。ジャパンの挑戦は続く。