アレックス・ファーガソンを注入するんだ  書評『人を動かす』アレックス・ファーガソン(日本文芸社)

「名将は1枚の絵で考える」とは、サッカーアナリストの庄司悟さんより聞いた言葉である。
現代のプロサッカー選手は、世界中を転戦し、チームの移籍も日常茶飯事。日々変わるチームメイトと上手にコミュニケーションを取り、自分を認めさせた者だけが、1流選手として生き残る。

そんな強者たちを動かすのに必要なのは、シンプルかつ効率の良い戦術。「1枚の絵」で表せるほどに単純でなくてはいけない。

では、38年間、世界屈指のビッグクラブを率い、49個のトロフィーを獲得したこの人物は、どんな絵を見せていたのか。

結論から言うと、彼が見せていたのは、戦術ではなく彼自身だった。彼自身の姿、内面を見せることで1流選手たちの内面を動かしてきたことを感じることができる。

「私は選手たちの尻を叩きつづけた。強引なまでに厳しく当たったのだから、不満を抱いた者もいただろう。しかし、そんな規律に育てられ、選手たちは名前を売ることができたのだ」

「小さいころから規律を叩き込まれた育った」ファーガソンは、監督に就任したアバディーンで、選手にも同様のことを求めた。

ファーガソンは激情家として有名だった。選手の顔のすぐ近くで怒鳴り散らす姿は、「ファギーのヘア・ドライヤー」と呼ばれて恐れられていたが、感情に流されてはいけない、とも述べている。

「勝利とは規律を一貫して守った者にのみもたらされる結果であるーそれが私の持論だ。驚く人もいるだろうが、感情に流されずに不可能と可能を見極め、多大なリスクを背負いすぎないことが成功の鍵となる」

規律を重んじ、ハードワークを徹底的に選手に求める。この姿勢は、彼の生い立ちに機縁する。

「両親が身を粉にして働く姿を見てきたおかげで、私のなかにいつの間にか、良い暮らしをしたいなら懸命に働らくほかないと言う考えが身についた。骨の髄まで染み込んでいると言っていい。私は力を抜くということができなかったし、準備を怠っている生で、持って生まれたせっかくの才能をここぞというときに発揮できない人間を見ると、腹が立って仕方がなかった。」 

「私は選手たちにいつもこう言っていた。『奴らよりも一分でも多くハードワークしろ。そうでなきゃマンチェスター・ユナイテッドじゃない』」

時にはファーガソン自身も不調に陥ることがあった。そんな時には、先輩監督より、このような言葉をかけられ、励まされたという。

「チームにアレックス・ファーガソンを注入するんだ」「自信を持って信念に従え」というメッセージが込められていた。

ここまでに挙げた引用は、全13章のうち2章までのもの。
紙の本を読んでいるときは、覚えておきたい言葉に線を引き、そのページを折っておくことにしている。あとで、そのページだけを読み直したり、こうして書評を書くことで覚えておくためだ。でも、この本の場合、折り目ばかりになってしまい、ほとんどもう一度読み直すのと同じになってしまう。

そして読むたびに、こう思う。
「自分にも、もっとアレックス・ファーガソンが必要だ」

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