「大きなスピード」を凌駕する「小さなスピード」(HSBC SVNS 2025 バンクーバー大会1日目 ジャパン19-14フィジー)

「大きなスピード」を凌駕する「小さなスピード」

コラム64

15年ほど前、「ブラ!デフラグビー」というメールマガジンを配信していた。ブラはフィジー語で「こんにちは」。デフラグビーは「聴覚障がい者ラグビー」のこと。当時デフラグビー連盟の広報委員をしていて、メディアやラグビー関係者、サポーター向けに情報提供をしていた。

しかし、なぜ「ブラ!」なのか。詳しくは忘れてしまったが、当時フィジー遠征の予定があり、当初はそれに向けた情報配信用だったのだろう。また「ブラ!」はただの挨拶ではなく、ハワイの「アロハ」のように、人々の健康を祈り、愛や友情を込めて歓迎する言葉でもある。語感には、未来を祝福するような響きもある。このメルマガのタイトルに打ってつけだと思った。しかし、遠征は実現しなかった。フィジーには「フィジータイム」と呼ばれるほど時間にルーズで、約束事に対してもおおらか。こちらが遠征に行きたいと伝えても返信がなかったり、向こうが来ると行ってきたが、急に中止になるなど行き違いが多かった。

私が初めてフィジーへ行ったのは、2023年秋のこと。5日間の弾丸強化ツアー。デフラグビーフィジー代表と2試合をして1勝1敗だった。このツアーのために、国内で外国人チームと試合を重ねた。しかし、フィジーとの試合の後、選手たちは口々に、国内の試合とは全然違う、と言っていた。何が違うのかと聞くと、スピードが違うと言う。急に目の前からいなくなるらしい。それはベンチやテレビで見ていても分からない。グランドで直接対峙した者だけが知る感覚だ。

このツアーでは試合以外にも、「ブラ!」「ブラ!」と各地を周り、様々な交流をした。現地のデフの信者が集まる教会を訪問したり、聞こえない子どもたちと交流をしたり。試合後には、伝統料理「ロボ」を振る舞ってくれた。これは、村での行事や結婚式などの際の特別な料理。地中に大きな穴を掘り、そこに焼石を入れて、3時間から半日かけて食材を蒸し焼きにする。主に男性が穴掘りと蒸し焼きを担当し、女性たちは食材の調理をしていた。フィジーの女性のことを英語で「フィジアナ」と呼ぶ。フィジアナたちは陽気におしゃべりをしながら、料理をしていた。大柄な女性が多く、ラグビーも上手だろうなと感じた。

2月21-23日に開催されたHSBC SVNS 2025バンクーバー大会。セブンズ女子日本代表「サクラセブンズ」初戦の相手は、フィジー代表。前半はフィジアナがサクラセブンズを圧倒する。2分、ラベナ・カブルがボールを受けると、鋭いステップと強烈なハンドオフで、ジャパンのタックルを跳ね退けてトライ。ジャパンは、その後スクラムでプレッシャーを受ける。ラックでもターンオーバーを許し、デライワウがトライ。前半は0-14。デフの選手の言葉通り、フィジアナたちは映像で見るよりも速く、そしてロボ料理の女性たち同様に大きいのだ。

後半になると、サクラセブンズが躍動する。開始早々、堤ほの花がスティール成功。後半2分にはフィジーにイエローカード。後半3分には梶木真凜がスティールを成功させ、吉野 舞祐にオフロードを繋いでトライ。その直後、フィジーに2枚目のイエロー。堤ほの花がラインブレイクして、谷山三菜子へオフロードで繋ぐとそのまま逆転のトライ。

スクラム、キックオフ、ラックなど体をぶつけ合う局面すべてでジャパンは劣勢だったが、後半になると形勢が逆転。大きくて速いフィジアナに対して、サクラセブンズは規律と反応の速さで上回る。タックル後にボールに働きかける速さ、オフロードを受けるサポートの速さなど、瞬時のスピードで優っていた。

試合終了直前に、今度はジャパンがイエローカードを受ける。過去5戦、日本に負けていないフィジーは、ここぞとばかり攻め立てる。フィジーボールのスクラム。ここでもジャパンの「小さなスピード」がものを言う。1人足りないジャパンは、スクラムハーフの位置にディフェンスを置かず、バックスラインに3人を配置。ただしスクラムは劣勢なので、このままだと相手スクラムハーフに走られる危険性がある。案の定、スクラムでプレッシャーを受ける。しかし、フィジーのスクラムハーフがボールを触るやいなや、ジャパンのフッカーがスクラムから飛び出してくる。ボールよりもタイミングが早いのではと思わせるほどの反応の良さ。結局ジャパンが守り切った。

小柄なジャパンの「小さなスピード」は、前半は相手のパワーの前に粉砕されたが、後半になると相手を苦しめ続ける武器となり、バンクーバーでの幸先の良いスタートとなった。

ブラ!サクラセブンズ!

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