楽して勝つべし。デフビーチバレー
コラム74
25年3月15日は、今年度最後の手話タグラグビー教室となった。この教室は、体を動かしながら手話を覚えよう、というもの。手話講師として毎回ゲストをお招きし、運動パートは私が担当してタグラグビーを実施する。そのため、「手話タグラグビー教室」としたが、講師の専門競技を教えてもらうことも多い。
この日のゲストは、デフビーチバレーボール日本代表の瀬井達也さん。今年11月に、デフリンピック(聴覚障害者のオリンピック)が国内で初めて東京で開催される。デフビーチバレーボールの会場は、我が大田区のふる浜公園。私のラグビーアカデミーの練習会場の隣にある。瀬井さん自身も大田区にお住まいと、お会いする前から親近感がある。
レッスンの3時間前に蒲田駅で待ち合わせ。現れた瀬井さんはやはり長身。しかし、顔は小さく、全く威圧感はない。事前にインタビューをさせてもらうことになっていた。実は、デフリンピックの魅力を伝えるインタビュー集を企画し、この日が一回目の取材。デフスポーツは、パラリンピック競技と異なり、一見したところ一般の競技と変わらない。しかし、コミュニケーションの取り方や、その戦術を知れば観客はずっと楽しめると考えた。大会は11月15日開幕。私の目標は全26競技を取材し、大会前に書籍化することだ。
2人で喫茶店に入る。甘いものがお好きということで、コーヒーとパンケーキを注文して、インタビュー開始。生い立ちや競技を始めたきっかけなどは事前にメールで取材済み。ここでは、デフビーチバレーにおけるコミュニケーション方法について、全日本選手権決勝の映像をもとに解説してもらった。
瀬井さんの必勝法は、「楽してポイントを取る」である。ビーチバレーも、6人制のバレーボール同様に、3回以内のボールタッチで相手陣に打ち返す。ただし、相手の裏をついて2回で返すこともある(「ツーアタック」という)。スマッシュするのではなく、相手が届かないところに、ポンとボールを落とすのだ。砂の上をジャンプしてスマッシュするよりも、体力の消耗は少ない。ビーチバレーは1セット21点先取となり、3セット中2セット先取で勝利が決まる。1試合40分から60分程度だが、過去の試合ではラリーが続いて1時間20分もかかったこともあるらしい。大会では予選リーグ4試合を3日間でこなし、敗者復活戦に回ると、1-2日間に2試合行い、決勝トーナメントは1日1試合で4日間続く。最少でも8試合、最大10試合戦うのだ。
こうした競技規定は、聴者のプロ選手も同様だが、日本のデフ選手はプロではない。練習は週末だけだから、体力がそこまであるわけでは無い。(とはいえ、土日祝日すべて練習。1日6時間から8時間。多い時は10時間!)。だから、体力を温存しながらポイントを重ねる重要性は高い。また、デフ選手ならではの理由もある。声が使えないので、ペアが声で伝え合うことはない。視覚がすべてだ。そのため、どうしてもボールばかりに目がいく傾向がある。経験を積むと、だんだん視野が広がり、相手陣も見えてくるらしい。私は事前に、聴者とデフの試合を見比べたが、デフの方がツーアタックが多いようだ。瀬井さんもその点は同意する。デフ選手は視野が狭い分、ツーアタックがより有効なのかもしれない。
さらに、瀬井さんならではの理由もある。瀬井さんは現在43歳のベテラン。ビーチバレーは選手生命の長いスポーツだが、前回のデフリンピックでは最年長だった。体力勝負よりも経験の長さが持ち味。体力をセーブしながら勝つのが大事なのだ。
レッスンでも面白い話を聞かせてくれた。瀬井さんが手話を覚えたのは大人になってから。デフバレーボールチームに入った時である。チームメイトは瀬井さんに「とにかく指文字を覚えろ」といって、2つの文字を教えた。家に帰って調べると、それは「あ」と「ほ」だったらしい。
他にも興味深い話をたくさん聞くことができた。この先は、デフバスケットボール、デフバドミントン、デフ陸上選手へのインタビューが待っている。観戦が楽しみになるエピソードをどんどん掘り出していきたい。