練習を考える際に、時々振り返っているノートがある。
それはアナリスト時代の練習ノート。最近は、2015-16年シーズンの東芝ブレイブルーパスの練習記録を読み返している。
アナリストとはチームの分析担当であり、練習では撮影するのが役割だ。練習が終われば編集をしてコーチに渡す。
私は練習内容にも興味があったので、多くの記録を取っていた。前職がコーチだったからということもあるが、それだけではない。南アフリカから来た新任コーチ、ジミー・ストーンハウス氏の練習メニューが非常に興味深いものだったからだ。
2015年といえば、ラグビーワールドカップイングランド大会の年だ。秋には、リーチ・マイケル主将が率いるジャパンは、南アフリカを破る大金星をあげる。リーチは東芝の選手だが春の間は不在だった。他の主要メンバーも代表活動に専念しており、ジミー・ストーンハウス氏の練習は若手中心で始まったのだが、その内容は初めて見るものが多かった。
今思うと、それらはラグビーの基本の動きを再確認させるメニューなのだが、それを意識させずに動きの中で身につけさせるようなものが多かった。ディフェンス練習では、タックルバックを10個以上並べて、軍隊のような反復練習をすることもあった。意図がつかめず、文句を言っている若手もいた。
ただし、続けていくうちに、体が自然と動くようになる。誰も文句を言わなくなり、開幕前に合流した日本代表組も理解を示し、チームに一体感が生まれていた。
ジミーは、南アフリカ共和国東部ムプマランガ州を拠点とするチーム「ピューマズ」のヘッドコーチを長年務めてきた人物だ。この時、すでに50歳は超えていた。
外国人コーチが、日本に指導に来る際、同国人のスタッフを連れてくることが多いが、ジミーは1人で来た。チームに通訳はいたが、他に英語を話すスタッフはいなかったので、私は自然とジミーとよく話すようになった。彼の英語の発音は分かりにくい。そして、南アフリカ人選手と話す時は、全く分からなかった。それはアフリカーンズという言語で、英語は第2言語だということも知った。
ジミーとの交流の中で、忘れられない場面がある。練習が終わると、私は練習映像を編集し、各コーチのハードディスクに入れるのだが、ジミーはPCが苦手なので、私が彼のPCに直接映像を入れることにしていた。
その日、ジミーはノートを見つめながら、何やら考え事をしていた。ノートには、練習に関する記録が書かれていた。
顔を上げると、私に向かって、○月○日(確か1ヶ月くらい前の日付)の練習映像を見せてほしいと言ってきた。その映像を見せると、彼は「そういうことか」と頷いて、私に説明してくれた。
「実は今日の練習で、選手たちはストレートバック*ができていなかった」
(*ディフェンスの際に、ボールに寄り過ぎず、まっすぐ後ろに戻る動きのこと)
「これが何故なのかと考えていたんだ。この時点ではできているはずなんだ。でも、1回その練習を飛ばしてしまっていることに気づいた」
私は、耳を疑った。そんなことってあるのか。
私がそれまで見てきたコーチングは、ある動きができていなければ、次回修正しようと計画を立てる。いわば対処療法だ。それに対して、ジミーのアプローチは過去を振り返り、その原因を突き止め、プログラムを更新する。
独自のプログラム、あるいはカリキュラムを確立している人の凄さを感じた出来事だった。
結局、その年の東芝ブレイブルーパスは、トップリーグ決勝まで勝ち進むが、ワイルドナイツに1点差で敗れて準優勝に終わった。昨年、同チームはそのワイルドナイツを破って優勝したが、決勝進出はこの年以来9年ぶりだった。
昨夏、私がデフラグビーの遠征で南アフリカを訪れた際、久しぶりに電話でジミーと話した。残念ながら会うことはできなかった。彼は今もピューマズのヘッドコーチであり、チームはシーズン中だった。同チームは、2022年に初めて南アフリカ国内最高峰のカリーカップを制している。
ジミーはきっと今も、PCからは少し距離を置き、ノートに自分のプログラムに修正を加え続けているに違いない。